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東京地方裁判所 昭和57年(つ)26号 決定

請求人 高尾猶行

主文

本件付審判請求事件の手続は、昭和五八年四月二九日請求人高尾猶行の死亡により終了した。

理由

一件記録によると、本件請求人高尾猶行は、八王子医療刑務所において昭和五八年四月二九日午後四時四五分癌性腹膜炎による全身衰弱、心不全のため死亡したことが明らかである。当裁判所は、以下に述べる理由により、本件付審判請求事件の手続が右請求人の死亡により終了したものと解する。すなわち、付審判請求手続は、請求人による「被疑者(事件)を審判に付すべし」との請求の当否を審理判断する裁判手続であり、かかる意味での請求の存在が審理・決定の前提となるところ、請求人・請求権の存在しないところに適法な請求は存在しえず、請求後に請求主体を欠くに至れば、もはや審理手続を続行するに故なきものとなると解すべきである。なお、捜査の端緒としての告訴については、告訴後の告訴人の死亡によつて捜査手続に影響を及ぼさないことはいうまでもないが、付審判請求手続が一面捜査に類する性格があるとしても、右にみたように本質的に裁判手続であることに照らし、付審判請求を告訴と全く同質のものと規定し、事件を裁判所の判断手続にのせる契機に過ぎないものとするには疑問がある。また、付審判請求手続が特定の公務員犯罪を闇に葬らしめないという公益的性格を有するとはいつても、請求の取下の規定(刑事訴訟法二六三条)は本手続が請求人の処分に委ねられることを示しており、請求人死亡の場合に公益的性格を理由として裁判所がいわば訴追官的立場に立ち、請求人の存否から独立して手続を続行すべきであるとすることにも疑問がある。

次に、刑事訴訟法は付審判請求権者を限定している(同法二六二条一項)上、刑事手続に関する諸権利は、事柄の性質上原則として一身専属的であり、特別の規定がない以上、相続承継の対象とならないものと解すべきところ、付審判請求権については、承継を認める明文もなく、刑事訴訟法二三一条二項、二三三条二項のような特則もないにも拘らず、右請求手続の開始後請求人死亡の場合に、相続承継や近親者の代替的権利取得を認めることは困難である(認めるとすると、承継人の範囲や複数承継人の権利行使方法がさらに問題となる。)。

以上の理由により、本件付審判請求手続は前記請求人の死亡により当然に終了したものと解するが、本件関係者らの法定地位の安定を期するため、ここに主文のとおり宣言する次第である。

(裁判官 田崎文夫 榎本巧 川神裕)

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